人気ブログランキング |

男おいどんが、鹿児島の"まち"づくりや日々の出来事を書いています


by sumikazu-kago
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ:旅かごしま( 15 )

こんばんわ。

男おいどん ごわすよ。
週末から奈良・大阪・神戸と関西各地を回ってきた
おいどんごわす。

ひさしぶりに鹿児島空港に行きましたならば、
あらっ・・・

温泉 ちゅうか、足湯があるぢゃないのさっ、
ちぇんちぇい!!(ってブラックジャック!?ちゅうかピノ子!?)
c0051873_22262257.jpg


ふーん、
空港にもできたときいていた足湯ごわすが・・・
これが。なるほど。

今や、かごんまには、
観光客のみんなさぁに手軽に温泉のよさを
味わってもらおうと、足だけつける
こん 足湯が大流行でごわす。

空港に、かごんまのドルフィンポート、
垂水の道の駅に、JR霧島神宮駅・・・

枚挙にいとまがない ちゅうのはこのことごわす。

まぁ、空港の足湯は、
お客さんが結構いて、好評のようでごわした。

んー、ほんとの温泉に体全体で浸かってもらったほうが
よいのでごわすがねぇ。

かごんまの温泉の良さをとりあえず知ってもらうには、
よい方法なんでごわすかねぇ。。。
おいドン的には、本当の温泉を体を浸けて味わってもらいたいなぁ。
と。

タイトルは、
彼女を空港に送ってきたアッシー君が、
軽く疲れをとるにはよいかなぁ。。
というくらいの軽い意味ごわす。

足湯だけにあっしーなあなた!!
=あっしゆー なーんて。

おおっ!お粗末さまごわしたぁm(><;)m

それでは きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2006-07-04 22:26 | 旅かごしま
こんばんわ。

男おいどん ごわすぅ。

きょうは、おいどんが、かごんまのまちを
でっさろく(=出歩く)中で、

う~ん、ナイスふぃーりんぐ♪

ち 感じる新シリーズ(笑)「かごんま寺社めぐり」

の1回目として、郡元の中郡小学校よこ、

一之宮神社をご紹介いたしもす。
c0051873_2325235.jpg

鳥居をくぐり、3メーターほど登ると境内ごわす。

樹齢数百年の楠(くすのき)の大木が境内を囲むように何本も植わっていて、
そこに、かごんま市内最古の木造社殿が建っておりもす。
c0051873_23254183.jpg

大木にかこまれて、ベンチに座ると、
なんかさわやかな風とともに、
心もリラックスな、落ち着いた気持ちになりもすぅ。


神社の案内板をみると、
こん神社自体は、
大化の改新の天智天皇のころ(660~670年ころ)
にできたらしかので。。。
1300年以上前!!
からここに神社がっっ!?

かごしまのまち自体は、
室町時代の末期から、戦国時代はじめに
できはじめて、弥生とか古墳時代には、海岸や海の下、
みたいにいわれていたはずごわすが。。。

あとでわかったとこですと。。
じつは、この郡元のあたりは、もともと高台になってて、
弥生時代から、人間が住んでいたのだそうごわす。

神社のおくに行ってみると、
弥生時代の住居あと遺跡 がありもした。
「となりの原始人」ちゅう、こども向けの楽しか看板が(笑)
ありもしたよ。

ふーむ、弥生時代から人々が暮らしていたところに、
神社があるのでごわすね。
くらしやすいとこだったんでしょうね。
2000年以上、人が住み続けているわけですし。

そこで、
考えてみると、こん神社、さいしょにもいいもしたけど、
周囲の住宅地より高台になっておりもす。

神社の森が住宅地にポッコリ浮かんで?る感じです。
ものすごいふるい神社とかって結構小高いとこに
あるらしか ちゅう話を以前、聞いたことがありもした。

まぁ、洪水になろうが高波がこようが、
ここなら安全ですわね。
そういう大事な場所だから、
いつしか神社として大切にされたんでごわそうか?

でも1000年も2000年も意味のある土地
ちゅうことは、そこにうまくいえないけど
言葉にできない、「なにか」があるんでしょうねぇ。

パワーポイントちゅうか、なんちゅうか。。。
おいどんもなんだかリラックスした気分で
元気になりもしたしね。

市電の中郡電停か郡元(南側)電停から歩いて3~4分ごわす。

ぜひ機会があったら みなさんもどうぞ。
おすすめのスポットごわす。

んでは、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2006-06-04 23:25 | 旅かごしま
こんばんわ。 男おいどん ごわす。

先日の ロッテ優勝ネタ で、
普段の実力をだす、とか 平常心でいる ちゅうこと
のむずかしさ を考えもした。

独身内府どん がコメントしておられたように
たしかに連休のあと とか自分たちでも
仕事のペースをつかむのに苦労しますわなぁ。

やはり感覚的な部分って
大事なのかもしれもはん。

さて!!
打って変わって、あえて平常心を失わせる、
日常を忘れることも、人生の中には必要ごわす。

たとえば、宴会で盛り上がる、
飲んで ハメをはずす、カラオケで歌いまくる、
思い切って休みをとって海外に旅行にいく、

ひとは
非日常のなかに開放感をもとめるのでごわんそ。
そん興奮 ハイ状態になることで
リフレッシュ あんど 新しい活力がわく ちゅうもんごわす。

この開放感は、
前近代ちゅうか、むかしの農村社会では
かなり必要なことだったらしく、
伝統的なまつり ちゅうのは無礼講な日常からの
開放を目的としておった ちゅう意味もあったそうでごわす。

この点でいうと、
ロッテのナインもなんか31年ぶり ちゅうか選手にとっては
実際には 初優勝 の非日常をいきおいと
お祭り気分で一気に!
戦い抜けた、いつも以上の 力(りき) がでた
とも いえもんそ。

こん 祭り ちゅうことでいうと、
c0051873_2234221.jpg
写真は 夏のお祭り 『 おぎおんさぁ 』
(かごんまの「祇園祭り」のこと)

かごんま 最大の祭り、

『 おはら祭り 』

が、ことしも11月2日・3日の両日に行われもす!
実は おいどん 今年で5年連続5回目の出場!
PL学園級の名門校(笑)ごわす。

かごんま振興 をも目的にする

こん 『 まちかご 』 的には、
おはら祭りで観光振興ちゅうことのお知らせ
でもあるのでごわすが、

いっぽうでは、
おいどん自身が年に1度、
非日常にひたって踊り狂う、われを忘れる開放感に
ひたってくれるわっ!!

だって、非日常で自分を開放しないと
生きていくのがつらいのよぉぉ!!!(涙・涙・涙)
ちゅう ことが人生多いことなのであるからなのであるなぁ。。。

ちゅう決意表明 あんど 自分への言い聞かせ

ちゅう 書き込みでごわした。

前回のネタにからませたのは
ちょいと無理あったですかなぁ(笑)

まぁ、おはら祭りはたのしいです!
みんなでぜひ見にいきもんそ。

んでは、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-10-29 22:04 | 旅かごしま
こんばんわ。 男おいどん ごわす。

まぁ、おっきなバスの車庫・・・って、これはっ!!
みるからに飛行機の格納庫ではごわはんかっっ!
c0051873_19543670.jpg
うーん、ピンクの色ちゅうセンスに好き嫌いはあっとでごわそうが。。

この鹿児島市内・鴨池新町、県庁やら高層住宅ビルが立ち並ぶ
こん一帯こそ、昭和47年4月にいまの鹿児島空港が開港するまで、
かごんまの空の玄関だった旧鹿児島空港(通称:鴨池空港)
だったのでごわす!!

空からかごんま入りすれば、桜島が どん!!ち目の前に♪

帰りは桜島に見送られて。。

という日本屈指の車窓?のひろがる空港だったのでごわす。
滑走路は現在の県庁前から鴨池港に向かう大通り。

きっかけは戦前、大陸や南方に向かう航空路の中継点・本土の玄関として
昭和13年ごろから空港づくりがはじまったのだそうです
(そのころの飛行機は航続距離が短かったのですね)。

しかし、戦争への道が進むにつれ、
完成前に海軍が軍用飛行場としてつかうことになり、
対米開戦直前、あの真珠湾攻撃の演習拠点となりもした。
(鹿児島湾の地形がハワイの真珠湾に似ていたため)

けっこう広い土地でしたので、戦後その一部、真砂町やら三和町のあたりは、
引揚者住宅になったりしました。
やっと平和な民間飛行場としてつかわれたのは昭和32年7月からでごわした。

まぁしかし、滑走路が1200メートルち短く、
ジェット機が飛べない。
市街地がすぐそばまで迫ってきた。

などで、いまの空港にうつったのですな。
移転した年の9月にはかごんまで国体が行われちょるので、
間にあわっすとに必死だったのでごわそうね。

飛行場がまちのすぐそばにあるというのは、

まちづくり の観点からは

じつはわるいことばかりではごわはん。

たとえば、福岡は地下鉄で中心街から15分のとこに空港があります。
福岡の都市としてのエネルギーの何割かはそのおかげ ち思われます。

広島は郊外に大型空港をつくったのですが、
旧空港をそのまま残して近距離のプロペラ便につかってます。

しかし、かごんまの場合は、
完全移転して、跡地を再開発して正解だったのかな ち思います。
県庁をはじめとした官公庁や企業が移転して、
高層住宅団地ができて、
結果として、市街地の再編がうまくいったごとあります。

あと。。あとに残った施設も無駄にはしちょらんです。
c0051873_19494675.jpg
こん、スーパーは、かつての空港ターミナルビルごわす(笑)
もし、県庁あたりにおいでになることがあったら、
5~10分歩いて訪ねっみてくいやんせ。

次回はひさびさ かごんまグルメにしもんそかい!?

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-09-20 19:49 | 旅かごしま
こんばんわ。男おいどん ごわす。

きのうの「まちかご」

「奄美の唄・グルメを紀行する」

を書いたら、同じ日にブログ界の女王 眞鍋かをり どんが奄美の放浪記ば
書いちょる!
とMKBF(まちかごブログフレンズの略(笑))の 広告鳥 どんからお知らせがありもした。

ついにおいどんもブログ女王にタメを張るまでになりもしたか。。なーんて。
c0051873_20193751.jpg
(写真は美しい奄美の海岸線)
んで、そのブログはこちらごわす⇒眞鍋かをりのぶらりひとり旅

さて、
おいどんも、女王眞鍋どんも、奄美の『 鶏飯 』に舌鼓をうったわけ
ごわすが。。

島唄に象徴される独特の生活リズムのある

奄美大島

じゃっどん!!よかこつばかり ちゅうわけにも
いかんようごわす。。

奄美大島は、実は産業がない。
たとえば、名瀬市の生活保護の受給率は3パーセント近い。
(鹿児島市も全国平均より高いが1.5パーセントくらい。)

さとうきびで黒砂糖つくってるでっしゃろ?

ちゅうた おまんさぁ、よく知っちょいやった!
じゃっどん、いまは大した産業ではない。

じつは奄美の黒糖焼酎の原料の9割超は
外国産のものだったりする。

国の保護政策でようやく栽培を続けているっちゅうのが現実。

大島紬(おおしまつむぎ) あーっ、東京都の伊豆大島ではなくて、

奄美大島の特産でごわすよ、念のため。

これも今は最盛期の半分以下。

じゃあ、何で生活してくのよ、ちゅうと、
国の補助金事業=公共工事ですわな。

「奄美群島振興特別措置法」ちゅうのが50年ちかく続いている。
(もとは昭和28年の本土復帰にともなう”特別措置”なのでごわすが、
ずーっと特別扱いがつづいている)

産業が育たないまんま、経済は全国化・グローバル化していって、
農産業は、さとうきび以外壊滅。
c0051873_20372563.jpg
(写真はあきらかに旧耕作地)

価格ではかなわないから、
地元で米・野菜つくらなくなっちゃったんでごわすなぁ。

うーん、6月のおわりにふれた甑島(こしきじま)とおんなじ構図。。

観光も沖縄返還(1972年)までは、

日本の南国・最南端みたくいわれておおかったが。。
いまは、ホンとの南国ハワイ・グァムとか、沖縄にみんな行っちゃうので、
ふるわなーい。

うーん、うーん、なんとかならんか奄美!
チェスト!あまみ。

ただ、奄美群島のなかで
沖永良部島だけは、ややよさげなイメージが。

ゆりの花・球根に代表される花卉(かき)栽培がけっこう産業になっちょる。
ほんで島の知名町とかは、出生率が2.38とか、めっちゃくちゃ高いらしかです。

コミュニティが生きている=近所みんなが仲良くて、
子どもの面倒をみてくれる、安心して働ける
(はたらけるちゅうことは、当たり前ぢゃっどん仕事もあるちゅうこと)
ちゅうことらしい。

やはり、めしが食えて、安心して生活できるのがなにより大事ということでごわんそかい。

究極の地域振興とは、
おのれの故郷、暮らす地域で
日々の糧(かて)にこまらず生活できるように
なることではあるまいか。
実際にそれができなくなっている地域が増えているのは
あげてこの国のかたちをつくってきたと自負する
明治以来の官僚政府の責めを負うところといえまいか。
(うーん、きょうも司馬先生調。)

むずかしいなぁ。

司馬先生調はつかれるんで、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-07-26 20:58 | 旅かごしま
おっはようございもーす!

男おいどん ごわんそ。三十路組 新入り見習として、
「ブログ道」!?にいっそう精進しもんそ。

薩摩川内市(HPへ) というかごんま県内第2の都市(人口10万)にいってきもした。

04年の10月12日に、
川内市・薩摩郡東郷町・祁答院町・入来町・樋脇町
(甑島の)里村・上甑村・鹿島村・下甑村

ちゅう1市4町4村が大合併してできた まち ごわす。

04年は3月に新幹線も開業して、
c0051873_6285094.jpg
川内駅もリニューアル。 

そんネオ駅のなかには、
「きやんせふるさと館」ちゅう物産館がありもした。
(駅の写真の1F右がわ)

さて、それまで川内市 ちいえば、
大綱引き! 川内がらっぱ共和国!(=かっぱの名産地♪かごんま弁では がらっぱ)
川内川大花火大会! 

くらいしか思いつかなかったのでごわすが(川内のひと すんもはん。)、

合併したら、東郷のぶどうとか、甑島の海の幸とか、名産品がふえたのでごわすね。

それにくわえて。。

おっッ!!
c0051873_6293153.jpg
むぅ。こん見事な甲冑(かっちゅう)は。。
定価88万2千円なりぃ(1体も売れてないらしい。)。

そう!じつは、川内は知るひとぞ知る!日本一の甲冑生産地だったのでごわす。

NHKの大河ドラマやら、映画撮影用の甲冑生産では、

シェア8~9割!!

知ってました??これこそ、全国に売り出すべき特徴!
薩摩川内ならではの 売り ではごわはんどかい!?

なんか、あの『 ラスト サムライ 』にもつかわれたとか。。

なら、渡辺謙 と トム・クルーズの甲冑姿の大パネルとかで
あっぴーる すればよかのにぃ。

どうせなら、駅も かぶと の飾りみたいなのをつけて。。
やりすぎ?

ご当地まんじゅう として!
『 さつま川内 がらっぱ 綱引き 大花火 甲冑 まんじゅう 』
なんて どげんごわんそかい!

え、やっぱ やりすぎ。 失礼しもした。
かごんま人はアピールちゅうか、宣伝下手なので、これぐらいやったほうが
よかかな~なんて。

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-06-29 06:30 | 旅かごしま
こんばんわ。 男おいどん でごわす。
錦江町(旧大根占)の最大の観光地!

神川大滝公園 ちゅうとこにも行ってましたので、
そんご紹介を。
c0051873_19471317.jpg

すごい滝でごわんそ。

こん滝の周辺は、かなりの渓谷になっておりもして、
携帯のアンテナが立たなーーい!のでごわす。

圧倒されもすねぇ。

大根占町と田代町(ベティのマヨネーズのベティママの出身地。マイナーけ??)
が3月に合併してできた、錦江町の最大・目玉の観光地でごわす。

ただ、こん合併は、合併しても人口は1万人ちょいにしかならず、
めぼしい産業も無い、過疎地という現状は変わりもはん。。。

政府が1万人未満の自治体を統合しようちゅう基本方針を変えんかぎり、
早晩、合併の第2幕が上がりかねない、大変な状況の”まち”でごわす。

町役場の職員の方々は、
まちづくりの取り組み方ひとつでも、
かごんまのような都市の職員とちがって、
なんか危機感・気合がちがう感じなのだそうです。

うーん、きばってもらいたかなぁ。 ち思いつつ滝をみたら、
!!! 虹が!
c0051873_19474199.jpg

う、美しい。。。感動ぉぉーーッ!
おもわずパンパンと手をたたき、錦江町の発展!?
と おいどんの幸せ(笑)を祈ったのでごわす。

それにしても、大滝だけに、
川の岸部(岸辺)には、蚊が多かったのであるなぁ。

キンチョールどこー!(笑)

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-06-12 19:47 | 旅かごしま
こんばんわ。 男おいどん でごわす。

きょうは、かごんまぶらり途中下車の旅 にもなる お話でごわんど!
鹿児島駅のうら手に 祇園の洲というとこがごわして、
そこに 

県営 『 石橋記念公園 』ちゅうのがごわす(かごしまシティビューのバス停もあり)。

おおぉっ! 桜島と石橋(=西田橋)の組み合わせが 絵になっちょるではごわはんか!!
c0051873_1155273.jpg
160年くらい前の弘化年間に かごんまには、
市内最大の川 甲突川に 5つの石橋がかけられたのでごわす!

上流から 玉江橋(たまえばし) 新上橋(しんかんばし) 西田橋(にしだばし) 高麗橋(こうらいばし) 武之橋(たけのはし)

長崎のめがね橋なんて2連アーチでごわすが、
さいしょの4つは4連アーチ、武之橋は5連(!!)アーチ(もち江戸時代最大の石橋。)。

以来、かごんまの街の顔として自動車時代も現役でつかわれたのでごわすが。。

あん、8.6水害(1993年)で新上橋・武之橋が流失。。。
(おいどん 中高生のころは石橋が好きで、唯一歩行者・自転車専用橋だった武之橋をわたるために遠回りしたもんでごわす。。ほんのこつ涙が。。でもしたぁ。。)
のこった3つの橋が移設保存されたのが この公園なのでごわす。
c0051873_123661.jpg
これは高麗橋。

とくに、西田橋は島津の殿様が参勤交代で通る
橋でごわしたので、りっぱな欄干とかも全部石を細工して!
つくりもしたので、いまの価値で7億円ちょいかかったそうです(他の4橋は2~3億弱)!

つくった(監督した)のは、肥後の石工 岩永三五郎ちゅうお人で
わざわざよばれたのだそうです。
木の橋だと毎年ようにながされるので、

よしっ!!思い切って石ん橋ぢゃっ!!
て ことになったらしかです。

でも、それはお金があったればのこと。
薩摩藩は日本史でならった(はず!)ように
藩政改革に成功して幕末はお金もちだったのでごわすな。

500万両(約5000億円)の借金踏み倒してのことですが。。
お金があったから、島津斉彬公の洋式工業もできたし、
倒幕の兵をあげられたのでごわすな。
先立つものがないと、西郷どん大久保どんも
なーんもできんかったはずごわす。

さて、こん公園には、
石橋記念館という博物館もあります。

展示もおもしろいし、
映像資料もたくさんあるし、
実体験コーナー(おいどんは、積み木のアーチ組めましたぞぉ!!)
c0051873_123251.jpg
や人形さんの作業ジオラマあるし、よかよかでごわす。でーも・・

なんと!!入館料 た・だ !!

おいおい、よかとかいな。
おいどんてきには ずばり!300円まではとってよか ち思いもしたぁ。

あんだけの施設を た・だ ってそれ結局、
県民の¥税金でごわんそ??
見に来ないひとも払わされてるのとおんなじ・・
やっぱ ただより高いものはないのかしらん。

いっぽう。この公園、橋をかけてるわけなので、
橋の下の水は わーざわざ機械で流しちょるのでごわす。
これが!!

小さい子連れのご家族には大好評!!

おぼれる心配ないし、子供は水で きゃっきゃ 勝手に?楽しむので
父ちゃん母ちゃん じいちゃんばあちゃん は木陰でのんびり。

移設の時、「橋の剥製なんてだれも見たくない!」
って反対意見をみましたが、いまみてみると、
剥製も わるくないわねぇ。 って感じです。

景色は絶景で、流されることもなく半永久的に観光施設として売れるし、
県民の立派な憩いの場にもなっちょる ち考えると。。

た・だ でも安かのですかなぁ。

なーんてことを考えもした。では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-05-20 01:17 | 旅かごしま
こんばんわ。 男おいどん でごわす。

きょうは、ひさしぶりに、ぶらり途中下車の旅。
で、なんで 番外編 かというと。。。

とりあげる南薩鉄道(鹿児島交通 南薩線)は、もう廃線になった鉄道なので。
c0051873_002767.jpg
連休に、薩摩半島南部の加世田市 ホームページへ というとこに
行きもして、南薩鉄道記念館にいったのでごわす。

けっこう、ひとが 次からつぎにやってきてました。
書き込みノートをみたら、「むかし通学で乗っていた路線でなつかしい・・・」
「小さいころ見ていた路線でした、帰省したので寄りました」とか懐かしむコメントが多かったです。

おいどんも幼いみぎり、南薩に住んでましたので懐かしかったです。
とくに好きだった丸いディーゼルカーに再会して、!!!な気分でごわした。
c0051873_012780.jpg
この記念館があるのは、
かつての加世田駅の土地で、
いまは、ショッピングセンターとバスターミナルになっちょりもす。

廃止になったけど、いまもけっこう人のあつまるスポットですな。
南薩の交通の中心だっただけに、
旧駅前には むかしからのけっこうな規模の商店街がならんでます。
でも、いまは・・・大変なんだろうなーっち印象です。

南薩線は、鹿児島県の薩摩半島の西側、40キロに渡り砂浜が続く、
日本三大砂丘!! 吹上浜にそって、
鹿児島本線伊集院駅と指宿枕崎線枕崎駅をむすんでいました。
c0051873_021363.jpg
浜沿いは松林のなかを走る、なかなかな路線でごわした。
昭和58年に廃止ですから、22年たつんですねぇ。

加世田市は、 『 自転車のまち 』 として知られていて
01年には世界室内自転車選手権も開催されました。
特攻基地でしられる知覧町はとなり町ですが、
加世田にも基地がありました。
ついで?にいうと、小泉首相のお父さんの出身地でもありもす。
うーーん、総理大臣はかごんま2世なのでごわすな。

うーん、書ききれない。。次回も南薩のネタはつづくのココロダ!

ではきょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-05-11 23:59 | 旅かごしま
男おいどん でごわす。

ちかごろ、長い話ばっかいになっちょりもしたので、
きょうは、肩のこらない。。ちゅうか、肩こりついでに腰痛も
なくなっちゃう話。

そう! 温泉 でごわす。

鹿児島は、温泉源泉数が2813ヶ所で、全国第2位!!
でも、きょうは、ただの温泉ぢゃあ。。なかど。

日韓首脳会談でも話題となった!

砂蒸し温泉~~でごわ~~す~。 はぁービバノンノ。

砂蒸し温泉というと、指宿市が有名でごわすが、
(首脳会談のホテルも指宿。白水館ちゅう高級旅館。)
そのとなり、山川町の町営砂蒸し温泉は、

よかです。
c0051873_003798.jpg

砂蒸しというくらいだから、どちらも海岸にあるのですが。。

なんつっても、山川のほうは、絶景の絶壁?岩山がせまり、
薩摩富士として、また、焼酎『 さつま白波 』 CM でしられる
開聞岳がみえる という実に野趣あふれるロケーション。

おなじ入るなら、こっちというファンがおおいのも納得です。

800円ですが、1,000円出せば、タオルもかえるので、きゅうに入ろう!
と思ってもノープロブレム。

ゆかた着て、おねいさんに砂をかぶせてもらうと。。。
うーん、生きながら埋葬された気にもなりますが(笑)、砂の重みと あたたかさで、

ぽっかぽか。ポカポカ  もひとつ! ぽっかぽか(幸せ~)

んで、 波の音。。 青い空に浮かぶ ながれる白い雲。。

よかですよ!!

つかれがいっきにとれる気分。都会の方ほど よかよか ち思いもすよ!ぜひ一度!

ひとつ難は、車でないと 行きづらい点。

これは、なんどもいいもすが、かごんま観光の弱点ですなぁ。

あぁ、きょうのタイトルは、指宿の観光案内では、世界で砂蒸し温泉はココだけ ・・・っていうぢゃな~~い でも。。山川にもバッチリありますからぁ!! 残念!。世界にひとつではなか・・・斬りっっ ということでごわすな(笑)。

おいどん。。。薩摩隼人のくせに示現流つかえませんから・・・切腹~!! なーんて。

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-04-14 00:00 | 旅かごしま