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男おいどんが、鹿児島の"まち"づくりや日々の出来事を書いています


by sumikazu-kago
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カテゴリ:まちづくり( 24 )

おはようございもーす!!

連休の朝に男おいどん ごわすぅ。

はいっ!まずは画像をごらんくだされい。
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うーん、きれいごわすねぇ。
こん画像は両方とも、市役所前の 

みなと大通り公園のイルミネーションライトアップ

ごわす(12月1日~1月31日。18:00~22:00。)。

けっこうジモティにも人気がありもして、
とりわけクリスマスやカウントダウンのころは、
多くの家族連れとカップルさんで盛り上げるのでごわす。

かごんまも最近はずいぶん都市景観、
なかでも、夜景の強化に力を入れておりもす。

最初はこのみなと大通り。そして中央駅ビルの
大観覧車(アミュラン)。
昨年からは中央公園や中央駅前のナポリ通りと
次々にライトアップポイントが増えておりもす。

もともと、かごんまのまちも城山の展望台から
眺めるとなかなかよか夜景がみえましたし、
桜島フェリーに夜乗ると、
かなりきれいなまちの明かりが見えます。

♪まちの明かりが とてもきれいね カゴシマ~♪

て感じですが、

まちのなかでもライトアップで魅力的な夜景を
つくっていこうというのは素敵なことですね。

まぁ、明かりの色など??ってところも
ないわけではない。
さらに世界的なライトデザイナーに依頼しているので、
ン千万円デザイン料がかかってる!?
とか問題はないわけではない。

んでも、今後のかごんま夜景に注目ごわすよぉ。

うーん、いまひとつキレがない、そしてコクもなかコラムな気がすっどん、
とりあえず、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2007-01-07 11:22 | まちづくり
こんばんわ。 男おいどん ごわんどぉー!

この間、いま話題の潮見橋を見てきもした。
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なかなかよか味わいの石橋ごわんそ。

河川改修計画のため、来月から撤去作業がはじまるのだ
そうでごわす。
いまかごんま市内で現役でつかわれている
最後の三連石橋なのでごわす。

うーん、残せるなら残せばよかのにぃ。
以前紹介した、県の石橋公園みたく
移設保存ちゅうことも考えてよかち
思うのでごわすが。。。

まぁ、
結局めんどうなんでしょうね。
市の建設局の方々も。

地元谷山の和田地区では、
保存を主張するみんなさぁと
水害の原因になっているとして
(橋のとこだけ川幅がひろげられないでいる)
即時撤去を主張するみんなさぁ
と対立しちょるようです。

橋自体は、五大石橋より50年ほど新しい、
1890年(明治23年)ごろ、
谷山街道の整備工事で
つくられたのだそうですから、
115年くらい、
地域と和田川をみつめてきたのですなぁ。

みごとなメガネ型になっているのでごわすがねぇ。
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おいどんが
訪ねた日は天気がほんとよく、
見事な秋晴れ アンド メガネ橋 でごわした。

まさに残すは難く、ということなのでしょうか。
日本土木建築学会でも、
Aランクの文化財といっていたのですけどなぁ。。。

どうしようもない やるせなさを感じつつ、
きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-11-17 22:50 | まちづくり
こんばんわ。 男おいどん ごわす。

きょうは、かごんまの石造建築を考えてみようか ち思いモス。

かごんまの石橋のことは以前取り上げたこつの
あったですが、

きょうは、そん他を・・・
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はい、これは旧鹿児島刑務所の正門でごわす。
いまは、『 鹿児島アリーナ 』という市民スポーツ施設
(バレー・バスケ・バドミントンetc.にスポーツジムまであり。)
の入り口のモニュメントになっちょりもす。

んで、下は、旧鹿児島県庁本館(一部保存)。
今は、県民交流センター( 行政のムダ!?建築の象徴?? )
敷地内の県政資料館になっちょりもす。
(2Fのレストランでは、黒豚料理が食えるのでごわす♪)
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うーん、きょうはついでだー、
もうひとつ!
考古資料館(県立博物館別館)
でごわす!(いまは休館中)県立博物館と照国神社の
間にあります。
明治22年完成したあとしばらく
鹿児島市役所仮庁舎にもなったちゅう
由緒ある建物ごわんど!!
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今回紹介しました3つの建物はいずれも
明治中期から大正半ばまでに建築されたもので
五大石橋いらいのかごんま石造建築の流れを
伝えるもの ち いわれています。

ふーん、あらためてみると、
かごんまって近代建築のあっちこっちにある街では
ごわはんか。

前に紹介した市役所本館や南日本銀行本店、
中央公民館という昭和コンクリート建築までいれたら
ケッコウよかよかな味わいでは??

石造建築めぐりで あらたな“ S ”として
かごんま観光につかえないでごわすかなぁ。

書いていて、自分でも意外といけるのでは?

と思ってしまった きょうのお題ごわした。

んでは、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-10-10 23:11 | まちづくり
おはようございもーす。 男おいどん ごわす。

きょうは、前回の予告んごと、かごんまぶらり。。。

市電谷山線の 騎射場(きしゃば) 編。
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こん見慣れん地名の由来は。。。
名前んとおり、武士がなんか馬のったり弓の練習したとこ。。
ちゅうのはまぁ正解でごわす。

馬に乗ったままねらいをつけて弓を射る 鎌倉以来の

『 犬追物 』(いぬおうもの。日本史の教科書で必ず見たもんごわす)
の練習場だったのでごわすねぇ。

鎌倉時代にさかんだったこの練武、
江戸時代も行っていたのは、薩摩藩だけだったそうです。
うーん、実戦にそなえた訓練を唯一つづけていたとは、
さすが、尚武の国、薩摩隼人の国。

いまは、ちかくに鹿児島大学があることから、
若者のまち、ちゅうイメージごわす。
一方市電通りから一本
通りを入ると、閑静な住宅街でごわす。

学生街でもあるということは、

飲み屋さんが多い!!・・・しかも安い!
定食屋さんが多い!!・・・安くて量がものすご~~い!
ワンルームが多い!!・・・やや安い物件である(最近は高額物件も多い)
パチンコ屋さんも多い!!・・・授業の合間にひまつぶし。

ちゅうわけで、実は学生さんのみならず、
独身生活者にも恩恵のおおい 
暮らしやすーいお土地柄なのでごわす。

東京の本郷、福岡の六本松・箱崎みたいなとこですね。

あっ!本屋はぜんぜんなぁーい。あれっ?かごんまの学生は
本読んで勉強してないのかしらん??
需要がないから供給がない。。のですのでごわすので、
否定できないかなぁ(笑)
(ちなみに戦前までお城あとに官立第七高等学校があったせいか
かごんまでは古本屋さんは、天文館などの中心街におおいです)

明治まで空き地・畑・田んぼばっかだったこのあたり。
大正はじめの市電の開通と、
その停留所が谷山街道と市電の交差するとこに
設けられたことで発展がはじまりもす。
(交通の要所になると まち は発展するのでごわす
古今東西の大原則。)

ちなみに市電は路面電車ですが、
このころ このあたりはJRの線路みたいに土手の上の専用線を走ってました。
戦後まで、唯一、踏切手が常駐した踏み切りだったようです。

さて、戦災復興計画でそれまで6~8メートル幅の谷山街道を
市電線の土手をさげて、この線路を中心に36メートル道路を
つくって移してしまいました。
(それが上のいまの写真の道路。下の写真はいまも残る旧街道。)
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区画整理もして、かなり大変だったようですが、
ここまで思い切ったことをしたので、自動車時代がきても
市電と自動車が共存できる道路になって、
かごんまの都市交通問題をいくらかでも緩和したのですね。

騎射場は、いまも市電・バスの乗降客がおおくて、
海側空港跡に移転した県庁方面と鹿児島中央駅方面
をつなぐ交通の要衝として、重要な地区です。

むかし、薩摩武士が犬を追い、弓を射たこのあたりを
いまは、おおくの企業戦士が時間を追い、
学生が一攫千金の夢を追っている(勉強しようね~)、

いつも誰か何かを追っかけている、そんな”まち”なのであるなぁ。

観光地じゃなかですが、
追いかける目標がなくなったちゅうお暇な方、
いちどたずねてみてはどうでしょう。
なにか追いかけるものがみつかるかも(笑)

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-10-08 10:41 | まちづくり

走れっ!LRTとらむ~。

こんばんわ。 男おいどん でごわす。

4~5日前の南日本新聞に載っていましたが。。。
(うーん、最近記事ネタがおおいなぁ)

早ければ、来年中に

かごんまのまちに連接タイプの低床電車が走るのだそうです。
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写真は、いま走ってる低床電車。
(ユートラムといいもす)

ユートラムは 『単車』 扱いですね。
一両編成ということです。

こんど導入が予定されているのは、
複数の車両で編成される電車ということです。

ヨーロッパの国々では、
5両とか6両つながった路面電車ちゅうか、
新型路面電車=Light Rail Transit(LRT)

というのですねぇ。
これが、都市の郊外から都心まで乗り入れてくる。
郊外の線路は100キロくらいですっ飛ばして、
市内は路面電車ばりに停留所に止まる。

単車の電車の何倍もひとをのせて運ぶので
輸送量も大。あーんど停留所の高さとかわらない
低床なので、バリアフリー。

かごんまも これに一歩近づくことになるのでしょうか??

うーん、素敵ではごわはんか。

まぁ、計画はないことですが、
線路幅のちがいも乗り越えて、
JR線とのりいれたら(フリーゲージ トレイン)
ますます夢が広がって、
自動車の都心乗り入れを減らせるんですが。。。

かごんま のまちに連接電車が走るのは、
10数年ぶりのようです。

これで、朝夕の通勤のとき、
ゆったり乗れますかねぇ。

じゃっどん、ゆったり乗れるかも、
ち 思ったら、みんなが乗って込み具合はいっしょ!?
ですかね。

いずれにせよ、鉄道ファン さらにその中の路面電車ファンの
おいどんとしては、わくわくしてまっこと楽しみなお話なのでごわした。

うーん、かごんまの電車話したので、次回は
かごんま電車男(ウソ!!)もとい、かごんまぶらりの旅をひさしぶいに。。。

では、きょうはこのへんで。
by sumikazu-kago | 2005-10-05 23:53 | まちづくり
こんばんわ。 男おいどん でごわす。

7月29日付けの南日本新聞の

特集記事『 ふるさとの透視図⑥ 』も
とりあげておったのでごわすが。。

かごんまは、平地が少なく、
戦後、市街地は周辺のシラス台地に1000区画を
超えるような住宅用地を造成する、
大型団地に人々が家を建てることで
拡大してきもした。

それまで、誰も住んで居なかった場所に
人工的にあたらしい”まち”ちゅうか、
コミュニティがつくられたわけごわす。
(ガンダムのコロニーみたいなもんでごわすかな?
紫原団地なんてかごんまの「 サイド1 」!?)

そこで、住民1世のみなさんは、
町内会をつくり、住民の交流を活発にして、

「 わがまち 」意識づくり

をすすめたのでごわすな。
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(写真は30回を超える武岡団地の夏祭り。)
地域運動会、文化祭、夏祭り、スポーツ交歓会・・・

住む以上は、
子ども達にとって、ここが「 ふるさと 」になる。
こどもたちに誇れる・懐かしいと思ってもらえる地域にしよう!

と、すべて一からつくったのだそうです。

さて、ここで考えるのは、
ふるさと=コミュニティはつくれるものなのか?

ちゅうことでごわす。

かごんま市も合併前は町内会加入率で

63%。

4割の人は加入してませんね。

団地1世のひとたちの意識は、

町内会の存在が”当然の前提”になってるように思います。

一方、現在の新住民のひとにとっては、
町内会は当然のものではない。

そこでこの意識のズレが
地域での断絶を生んでおりもす。

ある町内会連合で出ていた話ですが。。

その団地の町内会をつくった1世(60~70代)の方
と現在町内会行事の運営を担っている方(40~50代)
ですら、意識が違います。

行事をやること自体が当然!
ちゅうのと
意味のある行事をしたい!

そもそも1世の方々は「意味のある行事??」
地域のまとまりのためにやるのが当たり前じゃがね!
ちゅう意識。

これに対して、
現在どんな意味があるか?若い人も含め参加しやすい行事に変えよう!
(と思うが。。結局1世のひとのいうとおり、とりあえず行事だけをやる)
意識。

という断絶ですね。

ふるさと=コミュニティづくりのために

行事・町内会という『 かたち 』から入るのか、

やりたぁーい行事をやる!『 きもち 』から入るのか、

の差といいますか。。

1世のひとたちが始めたころは、
『 かたち 』 と 『 きもち 』 がいっしょだったと思うのですが、

いまは、行事がさかんに見えても、
とりあえず 『 かたち 』 をつづけようってな感じではないか?

『 きもち 』が、はいってない団地がおおいんではないかねぇ。
ち 思うこともあるわけです。

まぁ、地域おこし全体にいえることでもありますが。

やる気 をどうかきたて、持続させるか?

むずかしかですなぁ。

やる気は結局 損得勘定だ、
大災害でもおこれば、コミュニティをつくろうと
思うでしょ。

ちゅう冷めた意見もあるみたいですが。。

うーん、取り止めがつかなくなってしまいもしたので、
とりあえず きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-07-30 20:05 | まちづくり
こんばんわ。

男おいどん ごわす。ブログ更新したいと思いつつも、
なかなか思うに任せず。。

さて、八戸の”まち”は、なかなか盛り上がっておりもした。
(写真は、八戸市役所。かなーり、立派。)
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数年前にできたという、屋台村が、けっこう観光客をあつめたりしてるようで。

ただ、中心市街地の道路が、一方通行指定なのには、
びっくり!八戸駅に行こうとしたら、
バスがぜんぜん来ないので??

あらーっ ち思っていたら。
一本裏どおりでないと、駅行きのバスちゅうか車は
走っておらないのでごわした(笑)。

ひと昔?(ふた昔?)前の小倉みたいですね。

さて、青森のみなさんのお財布を任されている銀行ちいえば!

青森銀行 ごわすね(あ、みんなさあは知りませんねm(><:)m)

看板は、青い森の銀行なのに。。

おっ!真っ赤ッ赤(笑)
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新幹線開業と同時に分離された並行在来線
(かごんまの肥薩おれんじ鉄道の兄弟分)は、

「 青い森鉄道 」 ち 言いますのに(なんかすごーく子供っぽい)。

タクシーの運転手さんに 

なんごて 赤かとー?

ち 聞きもしたが、

そぉーんなこと おぉー客さんに いわれっまでぇ、気ぃづきもーせんかったー。

とのこと。

ふっ。。おいどんの地域振興にかける

するどい観察眼の賜物ごわすかな、ワトスンくん(笑)。

りんごの”赤”ってことでしょうけど。

ちなみに、八戸初日は

社会の教科書で習った『 やませ 』が吹いて、『 ガス(濃霧) 』もでて、
最高気温21℃。
クールビズで乗り込んだ おいどんを冷たく迎えてくれもしたぁ。

これが、やませぢゃっとかー!!とプラスにとりもしたよ、もちろん(笑)。

いろんな経験・観察の出来た八戸ごわした。

あー、かごんま大学の原口先生にお聞きしたことがあったので
ごわすが、八戸南部家には、江戸末期にかごんま島津家から
養子をもらってお殿様にしたのだそうです。

かごんまとゆかりのある街だったのでごわすね。
そういえば、ホテルにあった民芸品の木彫り馬には、

「 まるに十字 」の紋所

がありましたよ。ひとつの証拠ですねぇ。

んでは、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-07-13 23:04 | まちづくり

北も南も新幹線!?

お久しぶりでごわんそ~!

男おいどんでごわすぅー。
一週間以上ごぶさたですんもはんじゃしたー。

旅路をたどるように、
まずは、北東北!八戸の”まち”から。
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立派な駅ごわんそ。

平成14年末に開業した東北新幹線
八戸-盛岡間の八戸駅ごわす!

どこも、新幹線にかける思いは同じ!
というのを感じもしたねぇ。

八戸は、日本の主要漁港としてしられ、
とくに、イカは全国の7割!
が水揚げされる特産物ごわす。

たっぷり、刺身に煮物に食いましたがぉー(喜)。

人口は約26万人で、青森県第2位の都市。

しかし、最近は沈滞気味で。。
新幹線をきっかけに
どかーん!!と”まちおこし”ちゅう盛り上がり
だったそうでごわす。

新幹線も、駅も立派なんでごわすが。。

現・八戸駅は30~40年前郊外の駅が
改称されたもので、もとの駅は本八戸駅といいもす。

つまり、駅と市街地は離れておりもす。
タクシーで約20分。2000円弱くらい。

なので、八戸のまち と一体になってるちゅう感じは。。

なかでした。

かごんまは市街地のど真ん中の駅に新幹線がくるので
うまく市街地の盛り上がりに連動できた面がありもす。

ただ!
八戸は、東京とレール一本、3時間でダイレクトにつながって
おりもす。(写真は「はやて」号。)
c0051873_110976.jpg
かごんまは、博多とつながるのみ。
この辺が、将来的にどんなちがいを生むのか、
ちゅうもくでごわすね。

これからしばらく、

「まちかご」特別編

東北東京奄美紀行

になりもす。

次回は「八戸の”まち”と赤い青森の謎!?」
ごわす!うーん、なんか2時間サスペンスみたい(笑)

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-07-10 11:00 | まちづくり
おっはようございもーす! 男おいどんでごわす。

きょうは、南日本新聞(⇒リンク集でクリックどうぞ)05年6月18日付朝刊にのった。。。

祝!!『 鹿児島市 中央公民館 』登録有形文化財指定答申すぺしゃる!
でごわす。
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以前、かごんまの”まち”の顔を考えもす その1の回でもふれたのでごわすが、
この建物は、昭和2年の建造当時、

九州一の公会堂 ちいわれた建物でごわす。

それから78年。

鹿児島大空襲(昭和20年6月17日)でいったん内部は全焼しながらも、
連綿とかごんま市民のために利用されつづけてきた施設でごわす。

つい最近までは、
かごんま市の選挙の開票所ち いえば
この中央公民館でした。
(いまは、ロッテキャンプにもつかわれる鴨池ドームです)

おいどん 個人的には、中学校のころ、
市中学生弁論大会を戦い抜いた思い出の戦場!?
ごわす。

c0051873_782228.jpg
こん古写真ば みてもらったらわかりもすが、
建設当時は周囲にぬきんでた大きさの建物 ちゅうことを
理解してもらえるのではないでしょうか。

じつは建物の左の交差点に見えちょるのは、
路面電車でごわす。戦前は、電車は朝日通りで分岐して
東郵便局-中央公民館-まがって-黎明館前とおって
上町方面へも走ってたのですな。

市役所もいまの美術館あたりにあって、
西郷さんの銅像もまだできてません。

ちゅうことで、
いまは、西郷さんの銅像のすぐまえに
この味のある中央公民館がありますので。。

西郷さんに会いにいくみなさん!
そん時はぜひ公民館にも ど・う・ぞ・う・・・・・

おおーっ!シベリアッ(寒)。

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-06-20 07:08 | まちづくり
こんにちわ! 有給休暇をやっともらえた 男おいどん でごわす。

きょうは、かごんまのまちの眺望ちゅうことを
考えてみもんそ。

かごんまのまちの眺めちゅうたら、
まずそりゃ。。桜島に決まってますわな。
c0051873_15462887.jpg

市内のほぼ全域から、
海岸沿いならどっからでも望むことのできる、
かごんま人の

「こころのよりどころ」

でごわんそ。

西郷どんも大久保どんも、
毎日毎日、子供んころから、
ごっつい桜島を間近に見つづければこそ、

ちぇすとー!! ち幕府を倒す気になったのでごわんそ。

ただでさえ、都市化・高層化がすすみ、
”まち”からの桜島の眺めがなくなっているところに。。。

最近!海岸線ちかくの高層マンションがふえまくっちょる!

金持ちしか桜島の眺望を味わえない!ちゅうのは。。。
なーんかねぇ。

都市計画の「用途指定」ちゅうのが2~3年前にかわって、
けっこう、海岸沿いに高層住宅を建てる認可がおりてるのでごわすな。

でーも。なーんか納得いかんです。
条例とかで、海岸線から500メートルとか1キロとか
20メートル未満の建物しか認めない!

とかできんのかしら。

将来の世代にわたって、西郷どんも見ていた

”まち”からの桜島

を守りたいち 思いますがねぇ。

おいの思いつきではなくて、
鹿児島経済同友会が3月にまとめた
「鹿児島コンパクトシティ構想」 同会HPへ! にも同じことが!

ねぇ、みんなさぁはどげん思います?

では、きょうはこの辺で。
by sumikazu-kago | 2005-06-17 15:46 | まちづくり